新しい住まいを手に入れる

都心から少し離れた街で僕は育った。街並みが綺麗で住みやすいところではあったけれど、大学卒業と同時に仕事の関係もあってその街を離れ、様々な人生の荒波に揉まれているうちに、気が付けば10回もの引越しを経験していた。10回の引っ越しをしたというと多くの人は驚く。確かに、少なくとも標準よりは多いと僕も思う。すべての引越しにそれぞれの理由があり、思い出すとどれも少しずつ胸が痛む。すごくではない、少しだけ。

自分が育った街を出てから、もうその街に住むことはきっとないだろうと思っていた。ほとんど考えることもなかった。住むならばもっと都心に近く便利なところがよいとも思っていたし、そもそも当分は引っ越す予定もなかった。

でも、どこに住んでいても自分はこの街の住人ではないと感じていた。自分は一体どこに永住することになるのだろう。どこに行けば今自分の住む場所が地元だと堂々と言えるようになるのだろう。そんなことをよく思った。

住み始めて4年目になる今の住まいは小綺麗なアパートで、居室もそこそこ広く、駅近で徒歩圏内で日常の用が足りる。駅前にはスポーツクラブもあるし、そこで知り合った友人もいる。家賃も手頃。広すぎずこじんまりした街は僕の好みだ。この街で、手頃な価格の中古マンションが売りに出ることもある。ここでマンションを買って暮らそうか、そんなふうに思ったこともある。

でも、いつも決断するには至らなかった。買う気持ちを鈍らせるのは様々な理由があるけれど、そのひとつが、「自分は果たしてこの街の住人なのか?この土地の住人として生きていけるのか?」という自問だった。このことについて、僕は全く自信が持てずにいた。どこであっても住めば都、柔軟に暮らしていけるという気持ちがある一方、それはどこの住人でもないということでもあった。

 

ところで。僕は間取り図を見るのが好きで、よく間取り図や部屋の写真を見ながらそこでの暮らしを想像する。自分が生活するリアルなイメージをかき立てられる間取りもあれば、瞬時に画面を閉じてしまうような、見る価値を感じられない間取り図もある。そして残念なことに、その多くが後者だ。

僕が素敵と思うのは、家のどこにいても一緒に暮らす人の気配が感じられる空間であること。そして風通しがよいこと。必ずしも同じエリアにいなくてもいい。家族の息遣いを感じることで安心したりともに生活していることを感じられたりする。自分が家を建てたりマンションを買ったりすることがあるならば、そんな空間であることが大前提になるという想いがあった。

空間がかちっと区切られている住まいは僕の好みではない。でもなぜか、売りに出ている既存のマンションのほとんどは、僕が欲しいとは決して思わないタイプの住まいだった。これは昔からそうだし、最近新しく売りに出されているマンションも、傾向は概ね変わらないように見える。理想の間取りを探して、今日もWEBの海を彷徨う。

 

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今回このマンションに出会ったきっかけがどのサイトだったのか。どこからどういうタイミングで辿り着いたのかは、もはや記憶が定かではない。確かどこかの不動産情報サイトで「リノベーション特集」というのをやっていたあたりから辿っていったような気がする。

この物件を見付けたとき、見れば見るほど素晴らしく惹きつけられた。僕の望むあらゆる条件を満たす空間が広がっていた。リノベーションという手法で造られた空間は、そこで暮らす人の生活を徹底的に考えられていることが感じられるものだった。

そして奇跡的なことに、そのマンションは僕の育った街に建っていた。駅からも近く、すぐ近くにスポーツクラブもある。価格も自分に手が届く範囲に設定されていた。これまで、再びこの街に住むことを積極的に考えたことはなかったが、一気に現実的なこととして目の前に提示されている。果たして、自分がこの部屋に暮らすことはあり得るか?

 

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1カ月以上考えた。もしその間に売れてしまうなら、それは縁がなかったということだろう。これだけの素敵な物件、いつ売れてもおかしくない。そう思いながら物件の紹介ページを毎日見続けた。この物件を目に留めてから2カ月が経とうかという頃、ついに見学希望の連絡をした。見学前のシミュレーションで金額的な折り合いも付いているし、生活のイメージもできている。この物件を見学することは、自分の中ではもうほとんど最終的な確認作業といえる状態になっていた。

 

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朝起きてカーテンを開け、外の天気を確認する。料理をしながら地上10階の眺望を楽しむ。和室の小あがりに腰掛けて新聞を読む。帰宅後、畳に寝っ転がって伸びをする。キッチン横のカフェのようなエリアでノートパソコンを開く。これら生活の様々な場面がイメージできる。

 

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住まいを手に入れることは、単に寝起きする場所を買うという意味だけにとどまらない。その地域で暮らしていくことが自分の中でイメージできるかどうかは、購入の選択に大きな影響を与える。この土地で暮らすことを考えたとき、様々な生活シーンが明確にイメージできたことは大きい。自分が育ったこの土地に永住することは、とても現実的な選択であるように感じられる。好きな街だし、土地勘もある。

見学から購入意思を伝えるまでの日数はわずかに2日。住宅ローンの事前審査等を無事通過し、今日契約を済ませました。

新しい生活に向けて動き出します。

 

※写真はReBITAのサイトからお借りしました。

http://www.rebita.co.jp/property/status/property/post_252.html