レーシック体験レポート7:受けるべきか、やめるべきか

1週間検診

1週間検診が無事終わりました。両眼とも視力1.5をキープ。炎症も治まり、次は3ヶ月検診までイベントはなし。今日も世界は素晴らしくよく見えます。

受けるべきか、やめるべきか

僕は事前に他の人の体験談を収集する作業を全然せず、手術後になってから他の人の感想を見て回っているのですが、手術中のことは割と冷静に淡々と綴っている方が多いですね。実際、クリニックにいても周りで取り乱すような人は皆無でした。まるで役所へ住民票の手続きに来たのとなんら変わらないような雰囲気です。
一大決心をして手術をしにきたのだから、もっと感情が表に出ている人がたくさんいてもよさそうなもんです。たとえば、手術前に取り乱して「あ、いや、やっぱりいいです!もう帰ります!」と言っちゃったり、手術後にその興奮や視力改善の感動を大声で語っちゃったりという人がいても全然不思議ではないと思うのですが、そういう人はいませんでした。
さて、手術が終わると、視力がよくなった感動ばかりが先に立ち、手術中の気持ちなんてどうでもよいような気がしてきてしまいますが、今後レーシックを受ける方のために、これは言っておきたい。

「手術中は本当に怖い」

施術中は、医師の指示通りただ必死に緑の光をまっすぐ見続けるのだけれど、だんだん自分がどこを見ているか分からなくなってくる。どこか変なところを見ているのか、手術が失敗して変なところを切られたのか、あるいは意識が遠のいていくところなのか?という自分の状態そのものが分からず不安になってくる。
結論からいうとそんな心配はなくて、そもそも手術中は目を閉じられないように固定されているので、自分はただ普通にしていればよいだけ。途中で見えなくなるのは仕様。後から見直したら、事前に渡された手術ガイダンスにも書いてあった。それでも、状況が普通でないだけに、なかなか普通でいられない人がいてもおかしくはないと思う。

自分としては、レーシックを受けることについては最初から迷いがなく、タイミングの問題だけでした。手術を受けて視力が改善した今、その恩恵を最大限に享受し、見える幸せを実感しています。
では、他人に対してレーシックを受けることを勧めるかについてはどうか?答えはひとつ。

迷わず勧めます。ただし、自分で納得して決めてね。

どんなに安全性が確立され、年間何十万人もの人がレーシックを受ける時代になったといっても、目にレーザーを当てるという行為が非常にデリケートな作業であることに変わりはありません。レーシックによって、99.5%の人は1.0以上の視力を手に入れたと謳われていますが、残り0.5%の人は視力が改善しなかったかも知れません。
結局のところ、自分の体について責任をとれるのは自分だけで、他の誰も責任をとってくれるわけではありません。その選択は他社によるものではなく、あくまで自己責任の下で行われるべきです。
毎日コンタクトレンズの手入れをするのが手間だといっても、目にレーザーを当てる恐怖の方が強ければ手術は受けられないし、その選択も現実的なものと思います。
また、見えない世界を選択する自由もある。視力のあまりよくない友人から、「視界がクリアでないと、その分思慮深くなる」という意味の話を聞きました。なるほど、もしかしたらそういう部分もあるかも知れない。だとすると、僕はクリアな視界を手に入れたことで失ったものもあるかも知れないし、今までよりいっそう無遠慮でデリカシーに欠けた人間になっている可能性だってある。

なんにせよ、僕はひとつの選択をして、望むものを手に入れた。全く悔いがないどころか、得られた結果に最大限の幸せを感じている。どんな選択をするかはすべて自分次第です。
ただ、もし迷っている人がいるならば、僕は笑顔でその背中を押してあげることができるでしょう。「見える世界は素敵だよ」と。

長文お読み頂きありがとうございました。コメント頂けたらうれしいです。